名古屋城
(愛知県名古屋市)
2009.8.25
古屋城は、慶長14年(1609)、関が原の合戦後に江戸幕府を開いた徳川家康が、東海道の要所として、
また、大坂方面(現在の大阪)への備えとして、豊臣方であった20大名(加藤清正・福島正則・前田利光ら)に命じて築城させました。
旧敵を監視し、徳川家への忠誠心を競わせることに築城を利用したそうです。
昭和20年(1945)5月、名古屋空襲により、大・小天守閣、本丸御殿など建物のほとんどが焼失しました。
現在の天守閣は昭和34年(1959)10月に再建されたものです
右手が、名古屋城正門
左手は、入城券の販売所
不明門
右手に見える建物は、屋外エレベータ(車椅子・ベビーカー用)
天守閣は、地下1階から5階までエレベーターで進み、
天守閣展望室までは、階段を利用。順次降りながら展示品を見学します。

基本的に天守閣内は撮影禁止です。
天守閣内5階。金シャチに乗って写真を撮ることができます。
金のしゃちほこは、城の火除けとして鯱を飾るようになったといわれますが、
いつの頃からか権威の象徴とし名古屋城では金鯱になったとか・・・・
天守閣展望室からの眺め 天守閣展望室から名古屋駅周辺の摩天楼を望む
北東には、名城公園が見えます。

清正石
天守閣の石塁の構築を命じれられた加藤清正は、巨石の運搬に際しても
自ら木遣りを歌うなどして音頭をとったといわれています。
東一之門跡地近くに清正石がありますが、
ここは黒田長政が施工大名として腕を振るった区域であるため、
単なる説話とされています
(案内板より)
加藤清正は、肥後熊本藩の初代藩主となった人物で、
安土戦国時代から江戸時代前期に活躍した武将・大名。
(賤ヶ岳の七本槍)熊本城のページヘ

西北隅櫓と天守閣
この手前は、本丸御殿の復元工事中(工事の人たちが少し見えますが・・・)10年の歳月をかけ、平成29年度に完了予定!!
1609年、関ヶ原の合戦後江戸幕府ができて程なくしてから徳川家康によって名古屋遷府令が発せられました。
その翌1610年には名古屋城の普請が始まり、同時に清洲からも藩士・寺社・町人などの名古屋移住(いわゆる清洲越し)が始まります。
1612年に名古屋城の天守閣が完成しました。
名古屋城内堀
築城当初から空堀だったのだろうとの見解も・・
なぜか、内堀に住む鹿
名古屋城に初めて鹿が来たのは昭和27年頃で、観光のポイントとして
あの東山動物園から分けてもらったという話もちらほら。
名古屋城の前身の『那古屋城』は、大永元年に駿河・遠江守護今川氏親(義元の父)が尾張にも侵入し、那古屋城を築城して、
一族今川氏豊を城主としました。
天文元年、今川氏豊は織田信秀に城を奪われ、以後織田信秀の居城となりました。
信秀の嫡男信長は、この那古屋城で生まれました。。 
織田信長の生まれた那古屋城は、慶長15年の名古屋城築城の時に取り込まれ、二の丸の一部になっています。


二年前は時間が遅かったので、名城公園の駐車場に車を停めて、写真だけ写しただけでしたので、心残りでしたが、
今回、ようやく見学することができ、妄想がより一層
刺激されました。
天守閣の最上階からの眺めは、今とはまったく違った景色であった戦国時代・・・その厳しい時代を生き抜いた人々に思いをはせながら・・・

地下鉄名城線 「市役所」 下車 7番出口より徒歩 5分
市バス栄13号系統(栄〜安井町西) 「名古屋城正門前」
ノリタケの森から約1.9km

愛知県名古屋市中区本丸
四間道(しけみち)町並み保存地区指定
江戸時代の初め慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清洲越(きよすごし)にともなってつくられた商人町です。
四間道は、元禄13年(1700年)の大火の後、防火の目的と旧大船町商人の商業活動のため、
道路幅を四間(約7メートル)に広げたので、その名前がついたといわれています
清洲越とは、・・・家康も命により、慶長17年(1612年)頃から元和2年(1616年)までのころに行われた、
名古屋城の築城に伴う清洲から名古屋への都市の移転をいう。これにより、名古屋という都市が誕生したそうです。
清洲にあった神社・町名、そこに住む人々まで城下町がまるごとそっくり引越したそうですよ。
堀川は、名古屋城の建築資材を運ぶために開削された運河。
向こうに見えるのが五条橋です。
慶長年間の「清洲越し」の際に、清洲の五条川にあった橋を
そのまま移したのですが、
現在の橋は昭和13年に架け替えられた鉄筋コンクリート造り。
円頓寺(えんどうじ)商店街入り口
城下町は計画的に作られ,身分により居住地が決められたそうです
ここから、10分ほど歩くと、摩天楼のある名古屋駅です。
近代的な建物とは、対照的で、なんだか、ホッとする空間でした。

名古屋市西区那古野町1
名古屋の城下を流れる堀川の西側
屋根神様
町内の厄よけと火難除けのために、町内でお祀りしています。
これと同じように屋根の上に神棚が祀ってあるのを、
高山の街の中でも、みかけました。秋葉様といい、やっぱり火難除けでした。
愛知県、岐阜県などに多くあるようです。。


今回も青春18切符です。

行き
京都 6時14分発(長浜行き)
米原 7時28分発(快速 金山行き)
金山 8時48分着

帰り
名古屋 18時50分発(快速 米原行き)
米原   20時20分発(新快速 姫路行き)
京都   21時12分着


さすがに、名古屋は大都会、駅前はビルばかりだし、人は多いし、みんな忙しそうでした。
まだまだ、見たいところ、食べたいものも沢山ありましたが、今日は、ここまで。


熱田神宮
トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館 
ノリタケの森

  小さな旅

2009.8.25